成長譚
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【シーズン1 第6話】理想と比べるほど、自分の伸びが見えなくなる|『ザ・ギャップ・アンド・ザ・ゲイン』

コツ活 編集部
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神保文吾の1分レビュー|『ザ・ギャップ・アンド・ザ・ゲイン』

著者:ダン・サリヴァン&ベンジャミン・ハーディ 著

書名:『ザ・ギャップ・アンド・ザ・ゲイン』/原題 The Gap and the Gain(2021・本稿執筆時点で邦訳なし)

出版社:Hay House(原書)

結論:人は「理想との差(ギャップ)」か「出発点からの伸び(ゲイン)」で自分を測る。理想を物差しにすると永遠に足りない。理想は進む方向を照らす太陽でいい。測るなら後ろ向きに、出発点からどれだけ来たかで測る。

こんな人に読んでほしい

  • 理想やできる他人と比べて、足りないところばかり数えてしまう人
  • 進んでいるはずなのに、達成感がすぐ消えてしまう人
  • 数字で見える差(同期、他社)に、振り回されやすい人

おすすめ度(★★★★☆):「理想を捨てろ」ではなく「理想は方向、物差しは伸び」と切り分ける。比較で削られがちな人に、物差しをもう一本くれる一冊。

この記事の物語部分はフィクションです。登場人物・古書店・会話はすべて架空で、実在の人物・団体とは関係ありません。取り上げる書籍は実在しますが、作中の要約・解釈・批評は編集部による独自のもので、著者・出版社の見解を代弁するものではありません(正確な内容は原書でお確かめください)。それでは本書がもたらす「比べる相手を外から内へ」という本質を路地裏の古書店を舞台にした物語で味わってください。

同期と比べてしまう:進んでいるのに足りなく感じる

この前、思いきって雑用をひとつ手放した。空いた時間を選んだ企画に注ぐ。その手応えはたしかにあった。

けれど出社して隣の島を見ると、その手応えはすっと引いていった。同期の男がいつも涼しい顔で、自分より多くの案件をさばいている。コツ太がひとつ仕上げるあいだに、向こうは三つ手をつけている。自分も前より進んでいる。頭では分かっていた。けれど隣と比べたとたん、その進みはなかったことになった。あいつに比べたら、自分はまだ何もできていない。そう思うと、せっかく軽くなった肩がまた重くなった。

その夜もコツ太は路地の灯りへ向かった。

時間は差ではなく深みになる

引き戸を開けると、先生は今夜、深い色の烏龍を小さな急須から注いでいた。香りは濃く、どこか熟れた果実に似ていた。

「今夜は何年も寝かせた古い烏龍でね。若い茶にはない深みが出る。時間をかけた分だけ、味になる」

コツ太は湯呑みを受け取り、ひとくち含んだ。最初の苦みのあとに、長く続く甘みがあった。けれど、その甘みも今夜はうまく味わえない。コツ太はしばらく湯呑みの底を見つめていた。

「ずいぶん浮かない顔だね」先生が静かに言った。

「前より進んではいるんです。力も抜けてきた。なのに、隣の同期を見ると、急に自分が何もできていない気がして」

先生は急須を置き、コツ太をしばらく見た。

「進んだ自分ではなく、追いつけない誰かを見て、足りないと感じる。君はどこを基準に自分を測っている」

ペンの止まった客

そのとき、棚のそばの席で、小さく息をつく音がした。この店は古書店だが、棚のあいだに椅子がいくつか置かれ、立ち寄った客は先生の淹れる茶を片手に思い思いの時間を過ごせる。今夜もその席に先客がいた。

二十代だろうか。若い女性が机に原稿用紙の束を広げ、万年筆を握っていた。物語でも書いているのか、脇には取材で膨らんだノートが置かれている。だが万年筆の先は止まったまま、自分の文章を何度も読み返しては、また直しあぐねている。やがて短く息を吐くと、彼女は万年筆を置いた。気分を変えるように、傍らの紙包みから先ほど買い求めたらしい臙脂色(えんじいろ)の薄い詩集を取り出す。憧れの書き手の一冊なのだろう、表紙をなでる手つきがどこかまぶしげだった。仕上がった誰かの一冊と、一行も進まない自分の原稿。見比べるほど、彼女の手は重くなるようだった。コツ太はついその横顔に見入っていた。何があったのかは知らない。ただ、書こうとして書けないその様子が朝、隣の島を見るたびに鈍くなる自分の指先とふいに重なった。

『ギャップ・アンド・ゲイン』の核心:理想は物差しではない

コツ太の視線が客から戻るのを待って、先生は口を開いた。

「君もいまの彼女も自分を測る物差しが少し重すぎるのかもしれんね」

そう言って、棚から一冊を抜いた。表紙には『ザ・ギャップ・アンド・ザ・ゲイン』とあった。

「ダン・サリヴァンと、ベンジャミン・ハーディという二人が書いた本だ。ギャップとゲイン。差と伸び、と訳せばいい」

「差と伸び」

「人は自分を二つのうちどちらかで測る、と著者は言う。ひとつはギャップ。なりたい理想といまの自分との差で測る。もうひとつはゲイン。出発点といまの自分との伸びで測る。同じ一日を生きてもどちらで測るかで、見える景色がまるで違う」

コツ太は烏龍をひとくち含んだ。

「僕はたぶんギャップのほうです。理想や、できる誰かと比べて、足りないところばかり見てます」

「多くの人がそうだ。著者は理想をこう喩えている。砂漠の地平線のようなものだと。どれだけ歩いて近づいても地平線は同じだけ遠ざかる。永遠にたどり着けない」

「歩いても歩いても」

「人間には手に入れたものにすぐ慣れてしまう性質がある、と著者は言う。だから理想を物差しにする限り、何を達成しても満たされるのは一瞬で、すぐにまた足りなくなる。理想と比べることは終わりのないどこにも着かない競走なんだ」

コツ太は自分が毎朝、隣の島と引き比べていたことを思った。同期の昇給のほうが大きい。担当の数が多い。そうやって、ひとつずつ足りないものを数えていた。

ゲインで測る:前ではなく後ろを向いて

「ではどうすれば。理想を捨てろということですか」

先生はページの途中を指でなぞった。

「いや。理想は捨てなくていい。著者はこうも言っている。理想は進む先を照らす太陽のようなものだと。どこへ向かうかを教えてくれる。ただし、それを物差しにしてはいけない。方向を示すものと、自分を測るものは別なんだ」

「方向と、物差しは別」

「そうだ。では何で測るか。著者の答えはひとつだ。後ろ向きに測れ。前方の理想までの距離ではなく、自分が出発した地点に対して、どれだけ来たかで測れとね」

先生は本を少し持ち上げた。

「著者が、ある速度スケートの選手の話を書いている。世界一の才能とまで言われながら、大舞台になると、なぜかいつも一歩届かない。最後の五輪、最も得意な種目で八位に沈み、もう金メダルはないかと思われた」

「届かなかったんですね」

「最後の一本を前に、彼はこう決めたそうだ。届かない金メダルとの差を見るのは、もうやめる。代わりに、転びながらもここまで来られた自分の道のりだけを振り返って滑った。すると、その一本で、世界記録が出た。彼は初めて金を取った」

コツ太は息をのんだ。

「金メダルを諦めた瞬間に!」

「正確には勝ちを必要とするのをやめた瞬間だ。金メダルという理想との差で自分を縛るのをやめ、ここまで滑ってきた自分自身の伸びにだけ集中した。差を見ないぶん、力みが抜けた。著者はそれが彼が初めてゲインで滑ったレースだった、と書いている」

だが、コツ太には腑に落ちないことがあった。

「でも先生。それ、危うくないですか。出発点からの伸びだけを見ていれば、いつだってよくやったと思える。何があっても自分をなぐさめられてしまう。それじゃ、伸びが止まっていても気づけないんじゃ」

先生は湯呑みを置いた。

「鋭いところを突くね。そこがこの本の危ういところでもある。著者は伸びを見れば気分がよくなる、と説く。だが、気分がよくなることと、本当に伸びていることは別だ。後ろばかり振り返っていると、ゲインという言葉は立ち止まった自分を慰めるだけの都合のいい装置に化ける」

「じゃあ、やっぱりギャップも要る」

「要るんだよ。理想との差は苦しいが、どこへ向かうかを教えてくれる。この本が効くのは君のように、差ばかり見て自分を責めて、すり減っている時だ。自責の薬としてはよく効く。だが薬だ。常用するものじゃない。伸びで自分をいたわったら、また顔を上げて、太陽のほうを見ればいい」

賞を取れない側にいた頃

先生は湯をつぎ足し、棚の一角に目をやった。

「私もね、長くギャップの側にいた。隣の編集者が手がけた本が賞を取るたびに、自分の担当との差をはっきりとした数字で突きつけられる気がしてね。なぜあれを私が作れなかったのか、と」

コツ太は隅の彼女をちらと見た。さっき、進まない自分の原稿と、憧れの書き手の詩集を見比べていた。

「あの人も何かと自分を比べていたんでしょうか。僕みたいに」

「さあ。本当のところは分からん。だが、もしそうなら、私や、いまの君と同じ穴かもしれんな。他人の頂点と比べる限り、人は永遠に足りない側にいる。私もそうだった。自分が五年前より確かに本を見る目を養っていたことにはついぞ気づけなかった。前ばかり見て、後ろを一度も振り返らなかったんだ」

先生は湯呑みのふちを指でなでた。

「ひとつ言っておく。この本は自分で目標を決められる起業家のために書かれている。会社の物差しは君が勝手には外せない。評価も数字も向こうから降ってくる。そこは割り引きなさい。だが、降ってくる物差しのほかに、自分だけの物差しをもう一本持つことはできる。会社の数字で測られながら、自分の伸びは自分で測ればいい」

その口ぶりに、人を諭す響きはなかった。長く前ばかり見て、後ろを振り返れずにいたことをただ正直に並べているようだった。

あの頃の自分

先生の正直さに、コツ太も口を開いた。

「頭では分かっても数字で見えるギャップはどうしても効くんです。同期がさばいている案件の数とか。あと、うちの商品が他社のあれに品質で見劣りするとか」

「数字で見える差は避けようがないからね」

「はい。それで、いつも足りないところばかり数えてました。今日できたことより、できなかったことを」

コツ太は湯呑みの底を見つめた。

「自分だけの物差しを持つ。頭では分かります。でも明日また会社へ行けば、隣で涼しい顔をしている同期が目に入る。そのたびに、足りない自分を突きつけられる気がして」

「会社の物差しは消せない。だが、目を向ける先はずらせる。君は、ここへ来る前はどうだった」

先生に問われ、コツ太は思い返した。あの頃は量を増やすことしか知らなかった。方向という言葉も手放す勇気も何ひとつ持っていなかった。先生と言葉を交わし、ここで借りたり買ったりした本を夜ごと開いてきた。その積み重ねも少しは効いているのかもしれない。それに比べれば、いまの自分はたしかにずいぶん遠くまで来ている。同期との差ではなく、あの頃の自分との伸びで測れば、景色は違って見えた。

「少しだけ、肩が軽くなりました。比べる相手を変えただけで」

コツ太が言うと、先生は小さくうなずいた。隅の席では彼女がいつのまにか詩集を閉じ、何かを書きはじめていた。止まっていた手が静かに動いていた。

帰り道で後ろを向いて測った

店を出ると、雲の切れ間に、星がいくつか見えた。路地を戻りながら、コツ太はあの頃の自分をもう一度思い返していた。量しか知らなかった自分。報われないと、ただ走っていた自分。そこから、ここまで来た。隣の同期がどうであれ、その伸びは誰にも消せない。

明日からはできなかったことを数える前に、あの頃からの伸びをひとつ数えてみよう。自分だけの物差しで。そう思うと、久しぶりに胸のあたりが軽かった。

順調だ。今夜ははっきりそう思えた。

比べる相手を外から内へ。前から後ろへ。たったそれだけで、こんなに軽くなる。コツ太は自分の足どりが少し速くなった気がした。だが、軽さに慣れたその矢先、思いがけない一言がその足をまた止めることになる。それは、また別の夜の話だ。

今夜のまとめ
  • 人はなりたい理想との「差(ギャップ)」か、出発点からの「伸び(ゲイン)」のどちらかで自分を測っている。
  • 理想を物差しにすると、人は永遠に足りない。理想は進む方向を照らす太陽でいい。だが、自分を測る物差しにしてはいけない。
  • 測るなら、後ろ向きに。前方の理想や他人とではなく、出発した地点からどれだけ来たかで測る。
  • 月曜の一歩:今日「できなかったこと」を数える前に、以前の自分にできなくて、今できるようになったことをひとつ書き出してみる。
この本と私|神保 文吾

私も長く、ギャップの側で生きてきた。先を行く人や、世間が称える誰かと自分を引き比べては足りないところばかりを数えていた。比べる相手が遠いほど、地平線は遠ざかる。何をどれだけやっても満ち足りるのは一瞬だった。視点が変わったのはふと、何年か前の自分を思い出したときだ。あの頃は書けもしなかったし、続けもしなかった。それに比べれば、今はずいぶん遠くまで来ている。理想は進む方向を照らす太陽として、前に置いておけばいい。だが自分を測る物差しは他人ではなく、出発点からの伸びに取り替える。本書のこの一本の取り替えに、私は何度も助けられている。

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神保 文吾(じんぼ ぶんご)
神保 文吾(じんぼ ぶんご)
ブログ・コツ活 書評担当
ブログ・コツ活で書評を担当している、神保文吾(じんぼ ぶんご)です。ペンネームですが、書いているのは生身の一人の人間です。学生時代は神保町の古書店でアルバイトをし、毎日本を読む/聞く習慣だけは手放さずにきました。一冊で人生が変わることはありません。けれど読み続けると、十日後、百日後にはなぜか行動が少し変わっている——文字が静かに人を動かす手応えを、何度も味わってきました。流行に踊らされず、盲信もせず、それでも頭の片隅に置きたい一冊を手渡したい。それがコツ活を続ける理由です。
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