【シーズン1 第7話】感情を押し殺すほど、振り回される|『パーミッション・トゥ・フィール』
著者:マーク・ブラケット 著
書名:『パーミッション・トゥ・フィール』/原題 Permission to Feel(2019・本稿執筆時点で邦訳なし)
出版社:Celadon Books(原書)
結論:感情に良い悪いはない。いま自分に何が起きているかを教える「情報」だ。抑え込めば利息つきで返り、かといってぶちまけるのも違う。感情を裁く判事ではなく、観測する「感情の科学者」になる。気づき、なぜそう感じるかを理解し、正確な名前をつけて読む。厄介な信号ほど、自分が本当は何を大切にしているかを教えてくれる。
こんな人に読んでほしい
- 理不尽な一言をその日ずっと引きずってしまう人
- 嫌な感情を「なかったこと」にしようとして、かえって苦しい人
- 感情に飲まれて、仕事が手につかなくなる人
おすすめ度(★★★★☆):「感情を大事に」の安っぽさとは逆。振り回されないために、感情を科学者のように読む、硬めの一冊。
この記事の物語部分はフィクションです。登場人物・古書店・会話はすべて架空で、実在の人物・団体とは関係ありません。取り上げる書籍は実在しますが、作中の要約・解釈・批評は編集部による独自のもので、著者・出版社の見解を代弁するものではありません(正確な内容は原書でお確かめください)。それでは本書がもたらす「感情は敵ではなく情報だ」という本質を路地裏の古書店を舞台にした物語で味わってください。
一言が頭から離れない:理不尽な評価に飲まれる
順調だ。そう思えた翌日のことだった。
会議でコツ太は例の企画を初めて人前に出した。半年かけてたどり着いた方向だった。発表を終えたとき、ベテランの一人がこちらの資料も見ずに言った。こんなの誰でも思いつくよね。たった一言だった。
それから一日、コツ太はパソコンに向かいながらも上の空だった。頭の片隅でその一言が何度も再生される。言い返せばよかった。いや、たしかに浅かったかもしれない。手は動くのに、内容が入ってこない。夜になってもその声は消えなかった。昨日まであった軽さはもうどこにもなかった。
その夜、コツ太の足は気づけばあの路地へ向かっていた。
黙って出されたぬるい玉露
引き戸を開けてもいつものように「来たね」とは言われなかった。肩を落として入ってきたコツ太の様子を見て取ったのか、先生は何も聞かず、いつもより念入りに湯の温度を確かめはじめた。コツ太も何から話せばいいのか分からないまま、ただ椅子に腰を下ろした。会議室で投げられたあの一言がまだ耳の奥で鳴っている。
しばらくして、淡い緑にわずかな青みのさした茶がそっと差し出された。
「気を鎮める玉露だ。少しぬるめに淹れてある」
コツ太は湯呑みを受け取ったが、すぐには口をつけられなかった。手のひらに伝わる温度だけがやけに確かだった。それでもしばらくして、湯気の温もりに引かれるように、湯呑みをそっと口元へ運んだ。ひとくち含むと、気品のある香りとまろやかな甘みが舌に広がった。ささくれていた気持ちが少しだけ落ち着いていく。長い息を吐いて、ようやく声が出た。
「今日、会議で言われたんです。たった一言。誰でも思いつくよね、って。資料もろくに見ないで。それが頭から離れなくて、一日中何も手につきませんでした」
「資料も見ずに、その一言か。それは応えるな」
先生は湯呑みを置いた。そして、思いがけないことを聞いた。
「コツ太くん。その一言を抱えて、君はいま本当はどう感じている」
「どう、って」
「怒りか。恥か。それとも悔しさか。名前をつけられるかね」
コツ太は言葉に詰まった。ただ「嫌な気分」としか考えていなかった。
ヘッドホンの客
名前をつけろと言われても、とっさには浮かんでこない。先生の問いを胸の中で転がしていると、棚のそばの椅子からかすかな音が漏れてきていた。先客がいたのだ。高価そうなヘッドホンを耳に当てた三十代らしい男が机に肘をついてこめかみを押さえている。壁にはギターケースが立てかけてある。膝の上のノートには走り書きの五線譜があり、何度も塗りつぶされていた。音楽でも作る人だろうか。男は手元のプレイヤーのシークバーを同じ位置へ何度も戻しては短い小節を聴き返し、そのたびに小さく首を振っている。やがて自分への苛立ちを吐き出すように、低くつぶやいた。
「どこが気に入らないのか、自分でも分からない。分からないってのがいちばん厄介なんだ」
それきり、男は黙った。ヘッドホンから漏れる細い音だけがしばらく続いた。コツ太はその横顔を見た。何を抱えているのかは分からない。ただ、男の苦悶に満ちた表情とその「分からない」がいま自分の中で名前もつかないまま渦巻いている嫌な気分とどこか同じ音に聞こえた。何が嫌なのか、なぜこんなに引きずるのか。自分もまた、その正体を言い当てられずにいる。
『パーミッション・トゥ・フィール』の核:感情は情報だ
その感情に名前を付けられるか。先生にそう問われたまま、コツ太はまだ答えを見つけられずにいた。その様子を見て取ったのか、先生は棚から一冊を抜いた。表紙には『パーミッション・トゥ・フィール』とあった。
「パーミッション・トゥ・フィール。感じることを自分に許すという意味の題だ。マーク・ブラケットという、イェール大学で感情を研究してきた学者が書いた。彼自身、子どもの頃に学校で毎日いじめられていてね。おまけに、誰にも打ち明けられない秘密まで抱えていた。怖さも怒りも恥も胸の奥に押し込め、平気なふりをして過ごしていたそうだ」
「誰にも言えなかったんですか」
「言えなかった。まわりの大人は彼の無愛想で反抗的な態度ばかりを見て叱った。誰ひとり、その態度の奥で本当は何が起きているかを見ようとしなかった。だが、ひとりだけ違う大人がいた。学校の先生をしていた叔父だ。ある夏の午後、その叔父が庭で彼にこう尋ねた。マーク、いま、どんな気持ちだ、と」
「叱られると思っていたら、気持ちを聞かれたんですね」
「そうだ。行いの善し悪しではなく、胸の中で何を感じているかをまっすぐ聞いて、ただ黙って耳を傾けた。その瞬間、彼は生まれて初めて自分の感情を隠さず口にしていいのだと思えた。感じてはいけないと信じてきた少年が感じてもいいと許された。その一言がこの本の題になったんだよ」
コツ太はさっき先生に同じことを聞かれたのを思い出した。態度ではなく、いまどう感じているかを。
「著者はこう言う。感情は情報だと。良いも悪いもない。いま自分の身に何が起きているかを教える信号のようなものだ」
「信号ですか」
「そうだ。だが多くの人はその信号を無理に消そうとする。嫌な感情をなかったことにしようとね。著者は警告する。抑え込んだ感情は消えない。むしろ強くなる。借金のように溜まって、利息までつけて、いつか返ってくる、と」
コツ太は一日中こめかみで鳴りつづけたあの一言を思った。消そうとするほど、大きくなっていた。
感情の科学者になる:消さず、ぶちまけず、読む
「ではどうすれば。感じるままにぶちまければいいんですか」
「いや。それも違う。著者が言うのはその正反対でもない」
先生はページの途中を指でなぞった。
「著者は感情の科学者になれと言う。科学者は自分の感情を消しもしないし、ぶちまけもしない。ただ、観測する。いま自分は何を感じているか。それはどこから来たか。何という名前か。その信号は何を指しているか」
「裁いたり消したりせず、科学者みたいに自分の気持ちをただ眺める。そういうことですか」
コツ太は手元の湯呑みを見つめた。ぬるい玉露から淡い湯気がかすかに立っている。
「そうだ。観測の要は正確な名前をつけることだ、と著者は言う。ただの嫌な気分か、それとも怒りか、不安か、恥か。細かく名前を貼るだけで、人はその感情に飲まれる代わりに、それを外から眺められるようになる」
先生は本を少し持ち上げた。
「感情を大事にというと、安っぽく聞こえるね。だが著者の言うのはその逆だ。感情に振り回されないために、感情を科学者のように扱えというかなり硬い話だ。消すのでも垂れ流すのでもない。読むんだ」
「僕は今日のあの会議での一言を消そうとしてばかりでした。そこで自分が何を感じていたのかを読むなんて、考えもしなかった」
「そうだ。君のその怒りはたぶん何かを指している。それが何であるか読むことができれば、感情は敵ではなく、方向を教える羅針盤になる」
コツ太は湯呑みを置いた。
「でも先生。消すなというのは分かりました。でもただ読むだけで、感情って静まるものなんですか。結局は我慢して、おとなしくさせろ、ってことになりませんか」
先生はめずらしく少し考えた。
「鋭い。実はそこがこの本の言い切れていないところでね。著者は感じることを許せ、蓋をするな、と説く。だが同じ口で、最後は感情を整えろ、健やかに生産的に使え、とも言う。整えるという言葉は聞こえはいい。だが一歩間違えば、君の言うとおり、結局おとなしくしておけという昔ながらの蓋に、新しい名前をつけ替えただけになる」
「言われてみれば、そうですね」
「気をつけるのはここだ。誰にとって生産的かを問わずにいると、感情を読む技術はただ職場で角が立たないよう自分をなだめる作法に化ける。君の今夜のその信号は鎮めて済ませるべきものか。それとも何かがおかしいと、君に教えにきたものか。整える前に、まずそれを聞く。その順番だけは本に決めさせるな」
コツ太はぬるい玉露に目を落とした。あの一言に立った腹はただ鎮めるべきものなのか。それとも自分が本気で何かを大事にしているという報せのほうなのか。
先生は湯をつぎ足し、棚の一角に目をやった。
「私もね、編集者の頃、心ない投書を一通もらって、何日も引きずったことがある。手がけた本を頭ごなしに貶すものでね。怒りで眠れなかった。なかったことにしようとするほど、文面がはっきり浮かんだ」
「消えなかったんですね」
「消えなかった。だが、ずいぶん経ってから、気づいたよ。あの怒りは何を指していたのか。私はあの本を本気で大事にしていた。どうでもいい仕事なら、あんなに怒れない。怒りの下に、自分が何を大切にしているかが隠れていたんだ」
先生は湯呑みのふちを指でなでた。
「感情を読めるようになると、厄介な信号ほど、大事なことを教えてくれると分かる。それに気づくのに、ずいぶんかかったがね」
それは助言というより、先生が自分自身に、もう一度言い聞かせているような低い声だった。
あのざわつきの正体
気づくと、コツ太のほうもぽつりと口を開いていた。
「僕が今日いちにち、頭の片隅で鳴らしていたのもただの嫌な気分じゃなかったのかもしれません」
「今夜のその一言は何を指している」
コツ太はしばらく考えた。言葉を探すように、視線を落とす。
「ただ相手に腹が立ったというのとも違う気がします。たぶん、悔しい」
口に出してみて、コツ太は少し驚いた。
「半年かけて、やっと選んだ方向でした。もっとうまく伝えられたはずだという思いがある。どうでもよかったら、こんなに悔しくないはずです」
「その悔しさは君がその方向を本気で選んだ証だね」
コツ太ははっとした。あの一言を消そうとしていた一日がまるで違って見えた。怒りも恥も悔しさも自分がその企画を本気で大事にしているという信号だった。
「それにその悔しさはこの先も指しているよ」先生は湯呑みを置いた。「もっとうまく伝えられたはずだ。そう悔しがるなら、次は企画のどこを研ぐ。感情を読むのはそこへ歩き出すためだ。読んで終わりにするものじゃない」
コツ太は鞄の中の企画を思い浮かべた。一日じゅう感情に飲まれているあいだは、その企画を見直す気力すら湧かなかった。けれど悔しさという名前がつき、それがただの嫌な気分から一つの情報に変わってみると、初めてフラットに企画を眺められた。ここが弱い。ここをもっと尖らせれば伝わるはずだ。あの一言の下には企画をよくする手がかりまで埋まっていた。隅の席ではヘッドホンの男がいつのまにかこめかみから手を離し、ノートに短い言葉をひとつ書きつけていた。さっきまで音符を塗りつぶしてばかりだったページに今度は言葉が連ねられていく。あの男も「分からない」の正体にようやく名前をつけられたのかもしれない。
帰り道で感情に名前をつけた
店を出ると、夜風が首筋を冷やしていった。コツ太は駅へ向かう足取りの中で、胸の奥で固まっていたしこりをひとつずつ解きほぐした。あれは怒りではなく、悔しさだ。そして、その悔しさは自分が選んだ方向を本気で大事にしている証だ。名前をつけても胸のざわつきがすっかり消えたわけではなかった。それでも一日じゅう耳元で鳴っていた音が少しだけ遠のいた気がした。
不思議なもので、音が遠のくと、頭の隅に追いやっていた企画のほうがくっきり見えてきた。あの一言が刺さったのは自分でもまだ詰め切れていない弱みを突かれたからだ。改札をくぐる頃には、明日まず企画のどこから直すかを考えている自分がいた。感情を整え、その下から現れた手がかりで仕事も前へ進める。今夜は気持ちと企画、その二つが少しだけ動いた。
感情は敵ではなかった。方向を教える信号だった。
ただ、コツ太には分かっていた。今日はたまたまうまく感情を読めた。けれど次にまた理不尽な一言をもらったとき、自分はきっとまた飲まれる。感情を読む。それをその場で毎回できる気がしない。気づきは続かないから気づきなのだ。
感情は読めばいい。頭では分かった。けれど、その場で毎回読むのは気合いだけでは続かない。気づきをどうやって日々の習慣に変えるか。コツ太はまた、あの灯りを訪ねる。
- 感情には良いも悪いもない。いま自分に何が起きているかを教える「情報」だ。
- 抑え込んだ感情は消えない。借金のように溜まり、利息をつけて返ってくる。だが、ぶちまけるのも違う。
- 感情の科学者になる。気づき、理解し、名前をつけ、表に出し、整える。厄介な信号ほど、自分が何を大事にしているかを教えてくれる。
- 月曜の一歩:嫌な気分になったら、「嫌な気分」で止めず、「これは悔しさだ」「これは不安だ」と、もう一段細かい名前をつけてみる。
嫌な気分、としか言えなかった頃が、私にも長くあった。胸の奥でざわつくものに名前がないと、人はただ、それに振り回される。名前をつける言葉を私にくれたのは結局のところ、本だった。怒りと書いてある本、恥と書いてある本、悔しさと書いてある本。読むたびに、自分の中の名のない感情に、ひとつずつ札が貼られていく。著者の言う「感情の科学者になる」とはたぶん、その札を自分の手で貼れるようになることだ。消すのでもぶちまけるのでもなく、読む。言葉を持つほど、感情は敵でなくなる。理不尽な一言に、その日を丸ごと奪われてきた人にこそ、この本を薦める。
なお、この本にはいまのところ邦訳がない。私は原書で読んだ。白状すれば、この店の棚に自己啓発の類が多いのは私のいまの英語力で、苦もなく通読できるのが、ちょうどこのあたりの本だからという事情も少しある。
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